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マイク・イースラー
この名前を聞くととんねるずのみなさんのおかげでした博士と助手~細かすぎて伝わらないモノマネ選手権~に出てくる360°モンキーズ 杉浦を思い出す人もいるのではないでしょうか?
そのコーナーでイースラーのモノマネをすると必ず落とされてオチ扱いだが実際の彼はどうだったのか。1988年シーズン途中に入団するとシーズン最終戦まで4番バッターとしてチームトップの打率.304、本塁打19本と結果を残した。つまりオチで使われる選手ではないんです(笑)
もっとも翌年は度重なる故障に泣かされ活躍は出来なかった。

マイク・イースラー
1950年11月29日 アメリカ合衆国オハイオ州クリーブランド出身
クリーブランド州立大学→アストロズ→エンゼルス→パイレーツ→レッドソックス→ヤンキースフィリーズ→ヤンキース→日本ハム

メジャーでの成績 打率.293、1078安打、118本塁打

練習中にテレビカメラが近寄ると奇声を発しておどけてみせるなど、明るい性格。
ちなみに360°モンキーズ 杉浦のモノマネの際のヒッティングマーチはバースのモノ。

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2007/03/16(Fri) | F知識 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
西崎幸広
「ファイターズのエースは誰だ?」と質問されたら現在ならダルビッシュ、八木と言う人が多いだろう。 では「80年代後半から90年代のファイターズのエースは?」と質問されたら西崎投手は外せないだろう。
近鉄・阿波野秀幸、西武・渡辺久信、オリックス・星野伸之と共に「トレンディ・エース」「パ・リーグのトレンディ4人組」と呼ばれ目立たないパリーグの注目度アップに貢献した。
もちろんチームの勝利にも貢献していて87年から5年連続二ケタ勝利を挙げた。88年は最多勝。
95年にはノーヒット・ノーランも記録している。
西武に移籍後は99年に20セーブを挙げた以外は目立った活躍はなかった。
だが、実際の西崎投手は泥や汗にまみれて懸命にプレーするものだという考えを持っていてトレンディ・エースと呼ばれるのは好きではなかったそうです。 

西崎幸広 
1964年 滋賀県出身 瀬田工業高校→愛知工業大学→日本ハム→西武

通算成績:330試合登板 127勝 102敗 22セーブ 防御率3.25

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2007/02/17(Sat) | F知識 | トラックバック(3) | コメント(4) | page top↑
勝率10割
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

この人を知っていればかなりのファイターズ通ではないでしょうか。
勝率10割達成投手間柴茂有投手。
前回ファイターズが優勝した1981年に15勝0敗の成績を残した戦後唯一の投手(この頃は規定投球回に達した投手のうち最も勝率の高い投手が最高勝率のタイトルを獲得していた)。
運もあるだろうけど松坂や斉藤だって何敗かはするのだからやはりこの記録はスゴイと思います。ダルビッシュに達成してほしい。そうすれば契約更改でゴネても文句はありません(笑)

間柴茂有(ましばしげくに)
1951年 滋賀県出身 比叡山高→大洋→日本ハム→ダイエー

戦後プロ野球唯一の勝率10割を達成。
今年から二軍コーチになる野村収との交換トレードで日本ハムに移籍

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2007/01/05(Fri) | F知識 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
高田GM
高田繁氏といえば巨人V9時代の名外野手であり名2番打者であった。
フェンスに当たった球の行方を予測してツーベースヒットになる当たりをシングルヒットにする得意技を持っている。
今年のファイターズの森本選手と田中賢選手を合わせた選手(巨人ファンは文句言うかもしれないけど)
その後ファイターズから移籍してきた張本選手が外野に加わる為サードにコンバートされる。
外野手から内野手への異例のコンバートだったものの好守備を見せた。
ある意味この時からファイターズと縁があったのだと思う。

引退後1985年からファイターズの監督を4年間勤める。
戦力的には恵まれていなかったものの87、88年は3位に導いた。
高田監督時代を知っている現役選手は田中幸雄選手のみ。
コーチでは白井ヘッドコーチも高田監督時代の選手。
退任後は巨人のコーチや2軍監督、解説者をしていたが2005年からファイターズのゼネラルマネージャーに就任。現在に至る。

高田繁 
1945年 大阪府出身 浪商高校(現・大阪体育大学浪商高等学校)→明治大学→巨人

大学の1年後輩の星野仙一が全く頭の上がらない人物。
引退の理由は「イメージと補球位置との間、20センチぐらいの誤差が出るようになりました。プロとしては失格ですよ」と守備の衰えが原因。
2006/12/09(Sat) | F知識 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
盗塁王はいつ現れるか
2006年までファイターズには盗塁王が誕生していない。
これは世界の盗塁王福本豊氏が君臨していたのが大きな要因だと思う。
だが惜しい人は存在した。今シーズンまでホークスのコーチだった島田誠氏だ。通算で352盗塁は歴代13位の記録だ。
彼は現役の最後やコーチとしてホークスに在籍していたので、ファイターズの選手という印象が薄いかもしれない。
だが、いつかファイターズにコーチとして戻ってきて盗塁王を誕生させてほしい。

ひとまずお疲れ様でした。
2006/11/28(Tue) | F知識 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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